Mr.ふぉるて 1st INTERVIEW

Mr.ふぉるて、初のインタビューだ。
稲生司(Vo/Gt)、阿坂亮平(Gt)、吉河波音、(Dr)、福岡樹(Ba)の4人のメンバーが、バンドの始まりとその後のストーリーをフレンドリーに語ってくれた。

初のMV「口癖」から始まって、今年3月のリキッドルームでの無観客ライブまで、その歩みはイージーなものではなかった。自分たちの考えを大切にしながら、リスナーやオーディエンスとダイレクトにつながろうとするMr.ふぉるての、基本的なスタンスが築かれていく様子がよく分かるインタビューになった。4カ月連続の配信リリースがスタートするこの機会に、ぜひ読んで欲しい。

取材・文 / 平山雄一

LINE交換してください(阿坂亮平)

――Mr.ふぉるては、どんなふうに始まったんですか?

亮平 高校のとき、他校の軽音部同士で対バンをするっていうコピバン企画を打って、そこで対バン相手だった司くんの歌を聴いて、こいつだったらいける、バンド作って、オリジナル曲をやりたいなと思ったのがはじまりですね。その場でLINE交換して(笑)。

――そう言われてどうだったの?

司  初対面で一言目が「LINE交換してください
だったので、めちゃくちゃびっくりして。

――(笑)普通、ナンパだと思うよね。

司  (笑)「バンドを一緒にできたらな
って言われて、そっからですね。
亮平 一回、カラオケに行って、セカオワ歌ったらいい感じになった(笑)。仲良くなった。そういう感じです。ただこの4人になるまでにはかなり時間はかかってます。

司  1年くらいかかったんじゃない?

波音 私は元々いたベースの知り合いで入ったから、メンバー全員知らない人でした。

樹  僕は学祭で拾われた。ベースを探しに文化祭を見に来てたみたいで。

Mr.ふぉるての初レコーディングが「口癖」(稲生司)

――4人になって、すぐにオリジナル曲を作り始めたの?

司  自分はもともとコピバンよりも自分の曲を作ってみたくて。最初、この4人になったときは合わせる曲がなかったんでコピバンから始めて、半年ぐらい経ってからギターの亮平くんと一緒にカラオケ入って、そこで曲作りを始めた。

亮平 懐かしい(笑)。カラオケって言っても、なんもない部屋。レンタルルームみたいな。

司  最初は歌詞もふたりで考えてた。

亮平 英語が入ったやつとか(笑)。

波音 懐かしい(笑)。

――そこでいきなり「口癖」ができたの?

亮平 いや、そのあと音楽スタジオ主催の大会があって。

司  「口癖」はそのときはなかった。

亮平 なんで「口癖」作ったんだっけ?

司  大会のあとに、そのスタジオの店長さんから「レコーディングしてみないか」って言われて。ホントは違う曲を録る予定だったんだよね。でも直前に「口癖」が出来て、みんなに聴かせたら「こっちの方がいいんじゃないか
みたいな。

波音 「これ、録ろうよって。

司  Mr.ふぉるての初レコーディングが「口癖」だった。

亮平 YouTubeに初めてのレコーディングしたときの動画上がってて。

司  あれ、やばいな(笑)。

波音 あれ、やばい! 消して欲しい~。

樹  当時の感じがよくわかります。レコーディングのこと、なんも知らないでやってる。

波音 でも初々しい感じするよね、すごい。

亮平 チューニングさえ危うい。黒歴史だよ!(笑)

一気にバンド資金がたまった(福岡樹)

樹  「口癖」のMVも作って。

波音 新年、クソ寒い中。

司  人がいるのに公園の中でね。

波音 そう。みんなお年玉もらいたてだったから、公園もちゃんと使用料払って。

樹  ドラムもアンプもマイクも、機材を全部レンタルして。

司  鳴らないアンプね。

樹  クオリティー重視。アンプないと安く見えそうだったから(笑)。

司  カメラマンも亮平くんの知り合いの高校生の子がやってくれて。

亮平 「口癖」のCDは最初、100枚作った。自分たちで焼いて、自分たちでレコ発の企画打って。

樹  友達呼びまくって、80人はいました。

波音 超呼んだよね(笑)。

亮平 で、CDがけっこう売れた。

樹  一気にバンド資金がたまった。

初遠征でバスがすごく揺れて、死ぬかと思った(吉河波音)

――いよいよ本格的な活動に入る。

波音 すごく運が良かったんだと思います。

亮平 正直なこと言うと、企画を打ってる時点で、自分らだけでいけると思ってました。マネジメントとか、大人、なくていいんじゃないというか。MVの再生回数もだんだん回り始めて調子乗ってた頃だから(笑)。

司  で、自分たちの企画打つ前に、初めて渋谷Milkywayでライブをやって、今のスタッフさんたちと知り合って。

波音 相談に乗ってくれる大人がいたのは、すごく頼もしかったよね。

亮平 システムってこうなってんだって、知らないことも知れたし。

――その頃はライブをどれくらいやってたの?

樹  月に1本あるかないか。

亮平 みんな高校生だったしね。

波音 3年生と2年生。

――すでに「バンドでやってく!」って思ってた?

司  そうですね。

――次の展開は?

司  自分が高校を卒業した年(2018年)の8月に、「口癖」持って初めて大阪に行ったんだよ、夜行バスで。

波音 初遠征。バスがすごく揺れて、死ぬかと思った。

亮平 あのときの初大阪でソールド打って。対バンだったけど、ほぼ俺らの
客だった。

司  自分たちのお客さんが95人来てたんですよ。

波音 「やばって、テンション上がったよね。

司  持ってったグッズも、ライブ始まる前に全部売れちゃって。

波音 荷物すっからかんで帰った(笑)。

司  亮平くんが返しのモニター・スピーカーを踏んで落としたけど、95人呼んでたからか、怒られなかった(笑)。

亮平 やっぱ集客って大事だなって(笑)。

高校生って言えるうちにタワレコに出そう(福岡樹)

――その後、Mr.ふぉるての活動は順調に進んだの?

司  10代限定のコンテストに出た。もともと“閃光ライオット”って名前だったのが、“未確認フェス”って名前に変わってて、それに応募したんだよね。

亮平 俺と司くんは高校出てた。

司  19歳だった。

樹  俺は高校生だった。

波音 うちらが高3のときの夏だよね。

亮平 「口癖」が“eggs”のランキングで1位になって。

樹  名前がちょっと広まる感じ。

亮平 YouTubeもどんどん回ってたし。

波音 「あの頃のラブソングは捨てて」はいつ出したんだっけ?

樹  俺らが高校を卒業する3月ぐらい。高校生って言えるうちにタワレコに出そうみたいな(笑)。

波音 最初、渋谷と新宿の店舗限定で、そのあと全国流通になって徐々に売れてった。タワレコで曲流れてるの聴いたとき、めちゃ嬉しかった。

波音 嬉しかったけど恥ずかしかった(笑)。

波音 高3の冬休みぐらいから遠征がちょっとずつ増え始めて、土日はほぼ毎週、ライブだった気がする。学校に機材持ってって、そのままライブハウスに行くみたいな。

亮平 ライブハウスで着替えてたよね。

樹  俺も制服で行ってたかも。

波音 ライブハウスには10時までしかいれないんで、打ち上げは出ない。下手したら最後のバンドもちょっとしか見れない。あと、次の日テストとかね。

樹  あったね。

波音 先に帰ります、勉強しないといけないんでって(笑)。

カッコいい大人になりたい(阿坂亮平)

――Mr.ふぉるてはラブソングが多いけど、それは自分たちの関心事が恋愛だったから?

亮平 うーん、司くんが作る歌詞に関しては、一回も触れたことない。

樹  「できたよ
ってきて、「ああ、いいじゃん」っていう。

波音 曲送られてきて、「めっちゃ、ええやん」って共感する部分すごいあるから、それをみんなでアレンジするみたいな。

樹  あんま否定するような感じで思ったことはないから。共感するなって感じで。

亮平 グッドだし(笑)。

司  ありがとうございます(笑)。

――「ここを直してくれ」とかって言わない?

亮平 言わない。歌詞は直したことないです。

――それは司くんにとっては良くも悪くもプレッシャーだよね?

司  そうですね。

波音 そうなんだ(笑)。

司  たまにちょっと相談するじゃん。「この歌詞、どうなんだろうね?
とか。

波音 でもオールオッケー!

――ラブソングの多いMr.ふぉるての中で、「反撃」っていう曲は異色だった。大人への反撃を歌ってる。

亮平 この曲を司くんが出して来たとき、俺はすっごい嬉しかったですね。

波音 あれ、よかったね。「ラブソングじゃない、スゲえ!」みたいな。

樹  俺らはこういう曲もできるんだなと思って。

司  大人に対して、いろいろ思ったことがあった。

亮平 確かに俺らの周りで、クソみたいなことがあった。

――Mr.ふぉるてのキーワードのひとつは“大人”っていう言葉だけど、メン
バー自身は大人になりたいの? なりたくないの?

波音 大人になりたいのかな・・・なりたくないですね。

――波音さんは、大人になりたくない(笑)。

波音 子供のままでいた方が、いろいろ好奇心を持てるじゃないですか。子供って「あ、無理だ」っていう一線を引けないんですよ。とりあえずやってみようってなるじゃないですか。でも大人って、「こっからは無理だから、もうやんない」みたいなところがすごくある気がして。そうはなりたくないから、子供のままでいたいなと思います。

――亮平くんはどうでしょう。

波音 難しい、この質問(笑)。

亮平 カッコいい大人になりたいですね。渋い人になりたいです。

波音 (笑)

――司くんは?

司  自分は大人にはなりたいですけど、やっぱ大人になるにつれ、汚れてないものから離れていっちゃうじゃないですか。言葉で言ってるだけの大人を見てると、自分もちょっとそういうとこあるけど、そうはなりたくないなって思う。「反撃」のサビで大人に向かって怒りを叫んでるけど、AメロBメロでは自分の弱いところも歌ってます。

――樹くんはどうですか?

樹  僕は大人になりたいですね。来年20歳なんですけど、精神的にもうちょっと大人になりたいなって思う。もっと自立したいというか、
波音 私だけ、子供でいたい人じゃん(笑)。

自分たちの企画史上、最大キャパのライブが無観客(稲生司)

――2020年のMr.ふぉるては?

司  去年、「ジャーニー」って曲作って、ライブが増えるたびに車で遠征に行くことが多くなって。自分的にはバンドが、現実的に少し伸びてきたのかなって感じがしてた。自分の中で「バンドをやってます」ってちゃんと言えるようになった。

亮平 「ジャーニー」ができる前、いろいろ対バンが増えて、遠征もライブも多過ぎて、みんな病んで喧嘩したりした。

波音  みんな、だんだんおかしくなっちゃって(笑)。

亮平 スタジオで一回ね、喧嘩というか話し合いをして。

司  吐き出しあったよね。

亮平 吐き出しあったね。今年2月のツアーは大阪も名古屋もお客さんがパンパンでめちゃくちゃ盛り上がったんで、遠征の努力の成果を見たというか、あの2本のライブで全部が返ってきたような感覚が俺にはありました。

樹  ね、やってきてよかったなって。

――そのツアー・ファイナルの恵比寿リキッドルームは、無観客ライブだった。

波音 あれ、キツかった。

樹  しんどかった。

亮平 感じたことのない、変な空気だったよな。

司  その前の2本がお客さんパンパンだったんで、リキッドルームに自分たちしかいないっていうのがすごく変で、なんとか自分を保とうと必死だった(笑)。

波音 鼓舞してたよね、「大丈夫、大丈夫」って。

樹  自分たちで盛り上がってる感を出して。

司  人の熱がなかったんで、いつもより全然汗かかなかった。ライブ終わっても、終わった感がなさすぎて。

波音 「え? 終わり?」みたいな。

樹  あっという間だったね。

――やる前に話し合いはしたの?

波音 まずリキッドを配信でやるかやらないから始まったんだよ。

樹  3月はギリ、ライブしてる人たちもいたんで。

亮平 でも、さすがにあのキャパでは怖いっていう。

司  コロナが急加速してすごい流行っちゃって。

波音 でも、何もしないよりはいいかなって。

司  ただ一応ソールドみたいな形だったんで、それを発表できなかったのが悔しくて。

樹  発表はしたかった。

司  自分たちの企画史上、最大キャパのライブが無観客っていう(笑)。

波音 自分たちもあんな経験なかなかできないだろうから、いい経験にはなったなっていう。

司  これからしばらくはこうなるのかなって感じだから、いい経験だよね、確かに。

――もしリアルに客が入ったライブが行われてたとしたら、この夏のMr.ふぉるてはどうなってたんだろう?

波音 もう、すごいことになってたかもしれない(笑)。

樹  夏フェスとか、すごい妄想してた。

亮平 よだれ出ちゃうよね(笑)。

波音 よだれ出さんといて(笑)。

――よだれ(笑)。

ありがとうございました。
メンバー一同 ありがとうございました!